父は怖い人でした。いつもむっつりしていて、笑うことなどありません。怒っているようで、父がいると空気がピリピリする感じでした。母に何かおねだりしたり、やりたいことを話すと「お父さんに聞いてみる」が答でした。父の答はわかっているので、それでダメだと諦めました。でも考えてみると、母が「いいよ」と言ってくれることも多かったので、「お父さんに聞いてみる」は、母の断り戦術だったのかもしれません。
そんな怖い父でしたが、ある日を境に変わりました。私が大学に合格した後からでした。最初私は気がつきませんでした。父に関心がなかったし、大学に合格して縛るものがなくなり、自由になったからです。大学に受かって県外で過ごして、1年目のクリスマス、お正月に帰省しました。父がニコニコして迎えてくれました。学生生活をいろいろ聞きたがりますが、私はまだ警戒するところがあり、口は重く、間に母が入っていろいろ会話をしました。数日もすると、私の警戒も薄れてきて、そんなに怖くないと思うようになりました。
私の友人達が家に遊びに来ると、祖母が好きなトランプや花札をやることが多く、父は黙って見ていました。祖母はトランプゲームにはついて来られなくなり、ある日友人の一人が「おじさんもやろうよ」ととんでもないことを言い出しました。まさかと思ったのに、父が嬉しそうに参加してきました。「七並べ」や「ダウト」のような神経戦のゲームでは、意外にも父は結構ポーカーフェースを使いました。「ジンラミー」のような高度な闘いのゲームではよくミスをして、みんなの笑いをとっていました。私は、父がミスするたびに、「恥ずかしい」「ばかじゃないの」と心の中で思っていました。十日間はあっという間に終わりました。父と笑って過ごした最初で最後の冬でした。
その後私が学生運動や社会活動に夢中になり、親世代や大学機構に批判的な言動をして対立するようになったからです。あの日の父の笑顔、本当に楽しそうだったな。
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